引っ越し当日の午後二時、私は空っぽになった六畳一間のアパートの真ん中で、震える手でスマートフォンを握りしめていました。管理会社の担当者が来るまであと十五分。しかし、私の目の前にあるのは、数時間前の自分を殴り飛ばしたいほど汚い部屋の惨状でした。荷物があれば隠せていた壁の大きなシミ、ベッドの下で化石のように固まった綿埃、そして何度擦っても落ちないキッチンの焦げ付き。私は引っ越し当日の朝まで「なんとかなる」と高を括っていましたが、いざ家具がなくなってみると、その部屋はまるで自分の怠惰さを映し出す鏡のように不気味で、不潔で、そしてあまりにも無防備でした。私はパニックになりながら、使い古したTシャツを切り刻んで雑巾にし、水道の蛇口を全開にして家中を走り回りましたが、焦れば焦るほどバケツの水はこぼれ、汚れはただ広がっていくばかり。立ち会い担当者の足音が階段から聞こえてきたとき、私は心臓が口から飛び出しそうなほどの恐怖を感じました。ドアが開いた瞬間、担当者の男性が眉をひそめ、持っていたチェックリストに何かを書き込んだのを見て、私は「あ、もう終わった」と確信しました。それからの三十分間は、まさに針のむしろでした。担当者は隅々まで懐中電灯で照らし、キッチンの収納の中を指でなぞり、窓のサッシの汚れを無言で指摘し続けました。私はただ「すみません、すみません」と繰り返すしかなく、自分がひどく価値の低い人間に思えて、情けなくて涙が出そうになりました。結局、その日の立ち会いで、ハウスクリーニング代の追加徴収が決まり、敷金は一円も戻ってこないことが確定しました。部屋が汚いということは、単に掃除の手間の問題ではなく、退去という人生の区切りの儀式を「恐怖と屈辱」に変えてしまう力があるのだと、身を以て知りました。これから引っ越しをする友人たちには、私のような恐怖を味わわないよう、一ヶ月前からでも、いや今この瞬間からでも、ゴミ袋を手にして掃除を始めてほしいと切に願っています。
部屋が汚いせいで引っ越し当日の立ち会いが恐怖だった私の話